第19話 姿を見せた黒幕 |
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第20話 合流 怪植物の部屋 |
第21話 作戦会議 |
オルトムスとある程度距離をあけ、零児とディーエの2人は長く薄暗い石の廊下を走る。 しばらく走り続けて、オルトムスが追ってこないことを確認し、2人は足を止めた。 「あれが黒幕……」 肩で息をしながら零児はつぶやく。息を切らせているのはディーエも同様だった。 「ディーエさん。腹は大丈夫ですか?」 先ほどオルトムスの攻撃によってオルトムスは腹部を殴られている。それを案じての発言だ。 「なんとか……」 痛みはあるようだが、致命傷と言うわけでもなさそうだ。 ――追ってこない。いつでも俺たちを捕らえられる自信があるのか、それとも別の理由か……。 「とにかく、シャロンと、あとネルを探し出して正気に戻さないと。その上で、この古城から脱出します」 「そうですね……。私も戦いますよ」 「そりゃ心強い」 2人が行動していた頃はこのような洞窟のような廊下はなかった。 「湿気もあるし、……やはりここは古城の地下ってことになるのか?」 「だとしたら、上へ通じる階段か何かがあるはずですよね」 それを見つけ出すためにも今は前に進み続けるしかない。戻ったところでオルトムスがいるだけだろうから。 多少の会話を交わしつつ、2人は古城脱出に向けて再び歩き出す。 しばらく歩いてそれは見つかった。 梯子《はしご》だ。薄暗い洞窟のような通路をまっすぐに歩いてきたここにきて、唯一別のフロアへ繋がる道だ。 それを登ると、先ほどまでのジメジメとした通路とは違う空間が姿を現した。 零児は無限投影でランプを作り出しその明りを頼りに部屋を見渡す。 とても広い部屋だ。ちょっとしたパーティを催せるほどの広さがある。 そして、そのあちらこちらにわけの分からない何かが無数に置かれている。 瓶詰めにされた蛇、毒々しい色をした液体の入ったフラスコ、金網の檻の中の植物。 恐らく何かしらの実験室なのかもしれない。少なくとも初見ではわけの分からない部屋と言う印象が強い。 「何の部屋だ?」 口に出しつつ、零児は部屋の隅のほうに置かれた机らしきものに近づいていく。 その机の上に分厚い本が1冊置いてあった。タイトルは書かれていない。 「日誌か何かでしょうか?」 ランプを机の上に置き、零児はその本を手に取った。 「タイトルが書かれていないってことはそうかもしれませんね。しかもまだ新しい」 200年も放置されていたにしてはその本はさほど古臭さを見せていない。埃がかぶっているわけでも、本の4隅がよれているわけでもない。 零児はその本を適当に開いてみた。 その内容は確かに日誌のようだった。恐らくはオルトムスの。 『4月17日。 ノーヴァス・グラヴァンに貸し出していた精神寄生虫《アストラルパラサイド》が全滅したらしい。しかもそのノーヴァス・グラヴァンも何者かによって殺害されたそうだ。 なんとも惜しいことになった。ノーヴァスはバイオロウゴンの重要な資金源であると同時に、連絡を取れるのはシュナイダーだけであったというのに。 そのシュナイダーも今では弱腰だ。今さら人間と亜人の和平を提唱するとは。それが不可能であることは歴史が証明している。 このままでは私の研究に支障が出る。新たな財源の確保を急ぎたいところだ。 いや、財源だけの問題ではない。 亜人を滅ぼす兵器の一環として開発した精神寄生虫《アストラルパラサイド》も、1匹しか残されていない。 素人に貸し出した結果がこれか……。しかも全滅の上金も支払われていない。ノーヴァスは何のために精神寄生虫《アストラルパラサイド》が必要だったのだ? 4月23日。 資金繰りの問題は一応の解決を見せた。次の問題は実験体に人間を使うという段階についてだ。 今までは亜人で十分だったが、人間のサンプルも必要だ。何せ亜人を滅ぼすための毒の研究だ。人間に害をなしてはならない。しかし、確かめるためにはいくらかの犠牲も必要となろう。 幸い今の私には蛇どもをコントロールすることができる。上手くすれば人間をこの古城へ連れてくることも可能かもしれん。 それにしてもヘレネはどこでこれだけの金を調達したのだろうか? まあいい。私にとってもヘレネにとっても、亜人全滅は悲願だ。それが叶えばそのような疑問もなくなろう』 そこまで読んで、零児は日誌を置いた。 精神寄生虫《アストラルパラサイド》はここで作られ、そしてノーヴァスはどういうわけかそれを必要として、ここから借りていた。そして精神寄生虫《アストラルパラサイド》を作ったのもオルトムスだった。 3週間前、エルマ神殿での事件。あの事件はここから始まっていたということになる。 零児は今までアルベルト・シュナイダーと言う男があの事件と直接繋がっているとばかり思っていたが、どうやら実際は違うようだ。 「私にも見せてもらえますか?」 零児は今見ていたページを開いたままディーエに日誌を渡す。 ――まあ、何にせよ。ここから脱出しなければ俺達全員、オルトムスのモルモットにされちまう……。それだけはなんとしても避けたいところだ。 「クロガネさん……」 「はい?」 「やはり、亜人は人間に嫌われる運命なのでしょうか?」 「……」 零児は何も言い返せない。 それは正しくもあり、同時に間違いでもあるからだ。 全ての人間が亜人を憎んでいるわけではない。零児だってそうだ。しかし、大多数の人間は亜人のことを嫌っている。何せ亜人は実際人間を殺しているのだ。 亜人自ら人間を殺す存在と自ら認めているのだ。亜人のことを理解しようとする人間など少ない方が当たり前だ。たとえ、亜人の中に人間に対し敵意がない者がいたとしても。 が、同時に零児は思う。 人間だって全ての人間がお互いのことを思いやっているわけではない。人間同士でも戦争は起こる。人間が人間を殺すという禁忌《タブー》を犯すには強い意志が必要だ。 が、亜人はその禁忌《タブー》を簡単に犯す。 人間の本質は善性だ。自分と同じ特徴をしたものを傷つけることを酷く恐れる。人間に限った話ではないが、人間とはそういうものだ。 それは亜人も同じだと思う。だから、自分達と異なる存在である人間に対して残酷になれるし、禁忌《タブー》を犯すことが出来るのではないかと。 「私はラックスという男に、人間というものを学びました。人間が悪なのではなく、人間の中にも悪が存在しているだけであるのだと。人間と亜人が殺しあう今の世界を変えることはできないものなのでしょうか……」 「火乃木は……少なくとも人間を敵だとは思っていませんよ」 「……」 「アイツも出会った頃は人間を嫌っていました。だけど、人間そのものを悪であるという考えは捨てたみたいです。そういう亜人が少しでもいる限り、いずれは人間と亜人の仲も自然に回復していけると……俺は信じていますよ」 それは零児の本心だ。もっとも願望も多分に含まれていることは自分でも分かっている。しかし、そう願わずにはいられない。 「今はあまり気にしない方がいいと思いますよ。時代が変われば亜人と人間の意識だってきっと代わると思います」 「……ありがとうございます」 ディーエは複雑そうな顔をする。その表情が何を考えているのかは零児には読み取ることはできない。 「とりあえず、ここを出ましょう。まだ、ネルもシャロンも見つけていないんですから」 「そうですね」 日誌を元の場所において2人はその部屋から早々に退出することにした。 零児は1度ホールに出ようと思っていた。ホールを中心に行動すればいざと言う時に戻ってこれると思ったからだ。そのすぐ近くには治療を行うための薬品や包帯がある部屋も近い。 2人はその部屋を出る。そこからは廊下が広がっていた。 「ん?」 が、廊下を出た途端、零児はその廊下が今までとは違うことに気づいた。 壁や天井に植物の枝らしきものが走っている。明らかに自然にできたものではない。 視線をその植物の枝らしきものが集中している方へと走らせると、そこには大きな扉があった。 零児はその扉へと近づいていく。 その扉もまた変な形に歪んでいた。まるで扉の向こう側から強い衝撃で扉を叩いたかのように、扉が盛り上がっているのだ。向こう側から見ればへこんでいるように見えたに違いない。 「蛇の次は怪植物か……?」 扉を開けようにも変に歪んでいてとても開けられそうにない。 その扉の形が零児に嫌な予感をさせた。 扉の先には途方もない何かがあるような気がするのだ。想像を絶するような何かが。 零児はその扉から離れる。蹴破ることもできそうだが、どうしてもこの扉を開ける気にはならない。 零児とディーエの2人はその場から離れ反対方向へと向かうことにした。 「ん?」 廊下を歩き、しばらくした頃に、ディーエは突然動きを止めた。 「ディーエさん?」 「何か聞こえます……馬の鳴き声?」 「馬の鳴き声!?」 零児は耳を疑った。馬が単独でこの古城に辿り着くなど予想していなかったことだからだ。 「それだけじゃありません。人間の声も聞こえます。多分3人くらい。 「ディーエさん!」 「はい! 急ぎましょう!」 ディーエが先行して零児と共に、馬の鳴き声らしきものが聞こえたところへと向かう。 馬の鳴き声はすぐに零児の耳にも入るようになった。廊下に反響していることもその理由だろう。 しかし、その姿はまだ見つけられない。 まっすぐに伸びた廊下を、零児とディーエはさらに走る。零児とディーエが向かう先には壁があり、そこからT字型に分岐している。 つまり、右か左のどちらかに馬がいる可能性がある。 零児がどちらにいるのかと、考えていた頃、突如として廊下の左側から駆け抜ける1頭の馬の姿が目に入った。 その一瞬の合間だけ姿を見せつつ、馬は通り過ぎていった。そしてその直後に、木をへし折るような音が聞こえた。 「今の音は……」 「扉を体当たりして突き破ったって……ところでしょうか……」 「何が起きてるんだよ……」 零児が呟いたその時だった。 「どうしてあそこまで暴れるのよ!?」 「何かに苦しんでるみたいだけど……」 廊下の分岐点を前にして零児が見慣れた人間が、馬が行った方向と同じ方向へと駆けていく。 「アーネスカ!」 「え?」 廊下の分岐点を右に曲がる。零児とディーエはアーネスカの真後ろにいる形になった。 アーネスカがその姿を確認して表情を変える。 「零児!」 「一体どうなってる!?」 「話は後よ!」 零児とディーエはアーネスカと共に馬が向かった方向へと向かう。 アーネスカと火乃木。そしてもう1人、零児の知人である進影拾朗も行動をともにしていた。 零児達が進む先にある木製の扉。馬によってそれは破壊され、その扉の先が開かれている。 5人はその部屋に突入した。 その部屋は先ほど扉が歪んでいて開けられなかった部屋と同じようだった。 古城のホール同様吹き抜けになっている。 しかし、何よりこの部屋の特徴は部屋の中心に鎮座する正体不明の巨大な植物だった。 部屋の中心から大木のような物体が天井に向かって伸びており、そこから無数の触手が伸びている。部屋のあちこちにはその植物のものらしき粘液が飛び散っており、とても触る気にはなれない。 大木の上の位置には花のつぼみのようなものが3つほどついている。しかもとんでもなく大きい。 全員がその正体不明の物体に少なからず恐怖と畏怖を感じた。 そんな中、零児が正気に戻り叫ぶ。 「馬はどこ行った!?」 「あ、あれ!」 火乃木が零児の言葉に反応し指を指す。その先には悲鳴をあげながらも巨大植物の触手に捕まり、宙を漂う馬の姿があった。 馬は必死に抵抗するものの、触手によって拘束されとても動ける状態ではない。馬を捕まえた触手は3つの巨大なつぼみの内の1つの前で止まる。 すると、ゆっくりとつぼみが開いた。そのつぼみの中から蛇のような胴体を持つ生物が現れる。 その正体は不明だ。少なくとも今この場にいる人間には理解できない。 その正体不明な生物は口を開き馬を丸ごと口らしき所に放り込む。 馬の悲鳴は聞こえなくなり、変わりに鈍く咀嚼する音が聞こえてきた。 この巨大な植物は馬を食べてしまったのだ。 『………………』 5人は今まで見たことのない生命体(?)に言葉にできないほどの強い悪寒を感じた。 自然界にコレほどまでに巨大な植物が果たして存在しただろうか? 否、いない。 自然界に馬を捕食する植物が存在しただろうか? 否、いない。 自然界に食物を咀嚼する能力を持った植物が存在するだろうか? 否、いない。 少なくとも5人が目にしているのは常識と言う言葉では説明できないものだった。 巨大植物の触手が5人の方に向けられる。それに気づき、進が叫んだ。 「全員退避ーーーーー!!」 『うわああああああああああああ!!』 5人は一斉に我に帰り、その場から逃走する。自分達は何を見ているのか、自分達の目の前になぜこのようなものが存在しているのか。 それぞれ様々なことが脳裏をよぎり半ばパニック状態と化している。 共通していることは、今この場から逃げるということだけだった。 部屋を飛び出し、ある程度離れた所で触手は追いかけてこなくなった。 「みんな……大丈夫か?」 「ええ……」 零児の言葉にアーネスカが満身創痍といった感じで答える。 「ヤバイ……頭の中混乱してるわ……」 ――みんなそうだって……。 アーネスカの言葉は全員の今の状態でもあった。 「と、とりあえず……今のこの状況を整理してみようか……」 息も絶え絶えに、零児がそう提案した。 |
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第19話 姿を見せた黒幕 |
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